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東京地方裁判所 昭和32年(モ)11413号 判決

債権者 雨宮吉晴 外一名

債務者 海由健次

主文

一、当裁判所が昭和三二年八月九日本件につき為した仮処分決定は、これを取り消す。

一、債権者等の本件申請を却下する。

一、訴訟費用は債権者等の負担とする。

一、本判決は、第一項に限り、仮にこれを執行することができる。

事実

債権者等代理人は、「主文第一項掲記の仮処分決定を認可する。訴訟費用は債務者の負担とする」旨の判決を求め、その請求の原因として次のように述べた。債権者等はいずれも、申請外大日本交通株式会社(本店所在地、東京都北区田端町一、〇九二番地)の株主であつて、同会社は昭和二五年七月二五日設立せられた資本金八〇〇万円、一株の額面金五〇円の株式会社であるが、株券の発行が未だないため、債権者等はいずれも昭和三〇年二月中に債務者から右会社の株式各一〇〇株を意思表示のみによつて譲り受けて株主となつたものである。ところで、同会社は昭和二九年六月一日臨時株主総会を開いて「債務者を取締役に選任する」旨の決議を行つたものとして、その頃その旨の登記も了したが、右総会開催の事実、したがつて右決議の事実は全く存在しないものである。しかるに、右の如き登記も存している現状であるから、債権者等は、東京地方裁判所に対し、前記会社を被告として提起方準備中の右株主総会決議不存在確認訴訟の判決確定に至るまで、債務者の職務執行停止の仮処分を求め、同裁判所は昭和三二年八月九日同決定を為したが、右決定は相当であつてなお維持されるべきであるからその認可を求める。

債務者代理人は、主文第一ないし第三項と同旨の判決を求め、答弁として次のように述べた。債権者等の主張事実中、右会社の設立年月日、資本金及び一株の金額並びに同会社が債権者等主張の日にその主張のような登記を了した事実は認めるが、その余の事実は、債権者等主張のような仮処分決定のあつた点を除き、すべて否認する。同会社は、昭和二九年六月一日臨時株主総会を開催し「債務者を取締役に選任する。」旨の決議を行つたものであり、また昭和二六年六月一五日全株式につき株券の発行を了した。

理由

債権者等は、いづれも上記申請外会社の株主として、同会社の上記株主総会の決議の不存在を理由に、当裁判所が昭和三二年八月九日本件についてした債務者の職務執行停止仮処分決定の認可の判決を求めるところ、債権者等の主張するところによれば、同人等が右会社の株主であるとする所以は、同会社の設立後である昭和三〇年二月中いづれも債務者から株式を譲り受けたとするものであり、しかして右譲受けは株券の発行前であるため、意思表示だけでなされたものであることは債権者等の自認するところである。ところで株券発行前の株式の譲渡は、商法第二〇五条第一、二項の規定にかゝわらず、その譲渡の当事者間では意思表示だけで有効であるとしても、本件債務者及び債権者等間の株式譲渡は、債権者等がその譲渡の事実を右会社に主張できないものと解する。なんとなれば、右会社の設立が債権者等の主張するように昭和二五年七月二五日であるとせば、本件株式の譲渡がなされたのは、その時から四年半余を経過している以上、右会社が株券の発行をなすべき時期を既に経過したものと認むべく、従つて商法第二〇四条第二項の規定にかかわらず、株券発行前の株式の譲渡でも、その譲渡の当事者は譲渡の事実をもつて会社に対し主張できるとしても、なお、その譲渡を主張できるということ、そのためにはその譲渡が如何なる形式をもつてなされるべきであるかということはまた別個の問題であり、而して前記商法第二〇五条第一、二項の規定によつて、その定める株券の裏書及び株券の交付または株式の譲渡証及び株券の交付という形式に代るものとしての株金払込領収書及び譲渡証の交付など何等かの形式を履むことがない限り、たゞ意思表示だけの株式の譲渡はこれをもつて会社に主張できないものと解するからである。そうしてみれば債権者等の主張事実自体によつて法律上債権者等は、右会社に対し株主として前記決議の不存在確認を求めるについての資格を主張することができないものとしなければならない。したがつて、債権者等は、結局本件仮処分申請人としての適格を有しない訳である。

そこで、債権者等の本件申請は不適法なものであるから、主文第一項掲記の仮処分決定を取消した上、右申請を却下すべきものとし、民事訴訟法第八九条、九三条一項本文、七五六条の二を各適用し主文のように判決する。

(裁判官 菅野啓蔵 宍戸清七 小谷卓男)

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